四 指導者としての視点

 渡慶次小学校での三線教育(伝統文化教育)の実践を主導した山内昌重先生は、一九八九年に津堅小学校に転勤した。翌一九九〇年三月、古典音楽の兄弟子である山内秀吉氏の研究所開設一五周年記念公演に発行された論文集『今、その一歩を…』に、次の論文を寄稿した。山内昌重先生の郷土音楽教育への指導者としての情熱と理論が述べられている。以下紹介する。(本人の了解を得て一部修正、削除した)

 

 郷土に根ざす音楽教育を
 
―人間性豊かな児童・生徒を育て、学校生活にゆとりを持たせるための創意・工夫―

 山内昌重

 明治、大正、昭和(戦前)いや、本当は一部現在でも、郷土音楽に対する侮蔑感は強く、為政者たちは、沖縄の文化を軽視し、圧迫してきた。そのため、県民は心の中でいつの間にか郷土の音楽を蔑視し始めた。素晴らしい伝統芸能でさえ教育の現場で拒否するように強要した。教育界ではその弊害が顕著にあらわれた。しかし、現在の音楽の指導要領には、「わらべうたや日本古謡の指導にあたっては、それらの教材と関連して、それぞれの地方に伝承されているわらべうたなどを適宜取り上げるように配慮する必要がある(小六)。中学では、郷土の民謡を取り上げるようにすること。」となっており、時代背景が異なるとはいえ、教育界の変容は驚くばかりである。さらに、臨教審でも、二一世紀の国際社会に生きる日本人の育成に当たって、国民として必要とされる基礎は、基本的な内容を重視し、個性を生かす教育の充実を図るとともに自ら学ぶ意欲を持ち、社会の変化に主体的に対応できる、豊かな心を持ち、たくましく生きる人間の育成を強調している。
 今から約一〇〇年も前に宮良長包先生は「音楽は栄養である。幼木は芽を出すときに栄養を与えなければ大きくなって実を結ぶことはない。枯れる木は、栄養が足りないからである。人間にとって、その栄養に相当するのが音楽であり、感性である」。さらに「音楽は、大衆とともにあらねばならないし、感激を与えるものでなければならない。」と述べておられる。一〇〇年も先を見通して教育する。まさにすばらしい教育者だと感動した。この幼木を美しい花、すばらしい実を結んだ大木にするためにぜひ、郷土文化、郷土に根ざす音楽を学校教育の中に取り入れて行かねばならない。
 「沖縄・わが心のうた声」―宮良長包とその世界―の中から宮城鷹夫氏の文を引用すると「私たちの歴史はもともと土着的であるのだから、伝統として受け継がれていくのは別に不思議なことではない。民主主義を理念とする現代教育の場では、教師も父母もまた、社会全体が足元を見つめ、さらに地域に広げ、やがて国や世界の歴史にひそむ多くの事がらを学ぶことこそ強く望まれよう。そして、これからの文化は、大衆がつくるものだ。社会的情操も、創造性あふれる若い人達も、大衆文化の中から育っていく。大衆の文化を正しく認識する社会が人類の活路を開くといってよい。郷土の文化、地域の文化には、ひとつの謙虚さがあるけれども、一方では、力強くその道を行く要素が含まれている。それをどう伸ばして行くか、私たちは今、郷土の文化社会への道の選択をせまられているような気がする」。現在の学校教育に投げられた大きな課題である。
 実際教育の現場では、指導者の教師によって郷土音楽の指導はまちまちである。その理由にはいろいろ考えられるが、その一つは、指導者である教師自身が郷土の音楽に興味があり、実際に三味線を手に取って研究しているかである。郷土の音楽は嫌いだといってしまっては、あまりにも主観的すぎる。その教師の自主性にまかされてはいるが…。
 二つには、教育音楽の中で郷土音楽の指導体系や、地域性の位置づけになる基準がはっきりしていない。西洋音楽と琉球音楽を考えてもどれがすばらしい音楽だと言えるものではない。三味線とピアノが較べられるわけがない。音色が違うように、その楽器には、その楽器の良さがある。また、琉球音楽には琉球音楽の西洋音楽には西洋音楽の良さがある。工工四と洋楽符、記号・高低・長短・強弱・緩急、その他諸々の違いを乗り越えて、沖縄県民の持つ県民性、地域性等を考慮し、音楽教育としての琉楽(琉球音楽)を取り入れていくことは、これからの学校教育に特に大切なことである。
 今では、県内のほとんどの小中学校に三味線クラブが結成され、子供達の三味線教育が盛んになっている。思えば一〇年前沖縄市立コザ小学校の四年一組で一四名の子どもと三味線遊びをしてから今日まで五〇〇名余の子どもたちが三味線に馴れ親しんだことになる。現在では、県内のほとんどの学校で盛んになったことは嬉しい限りである。これもひとえに自分の足元のすばらしい文化に目を向けてきた指導者が増えてきた証である。
 調和のとれた豊かな人間性を形成するには、知的情操・道徳的情操・宗教的情操(哲学的情操)そして、美的情操を育てなくてはならない。その中の美的情操、つまり、素直で広く豊かな心を持った子を育てるのが音楽なのである。
 現在の子どもたちは、小学五・六年生で火の燃焼には空気(酸素)が必要であることを学習するが、その知識を応用して、たき木を集めて火を起こすことができない。また、琉大助教授の中村透氏は「今は大学生にも生活指導が必要なんです。今まで大学に入るのが目的で来た。大学生を教育実習に参加させるとき、三〇余名の子ども達と、あるいは、担任教師との人間関係が心配なんです。」とも述べている。
 これらのことは、何を意味しているのであろうか。ほんとうの学力とは一体何なのか、知識をたくさん持っていることが学力といえるのか、いや、その知識を支える考える力と感じる力が必要である。この二つの力の大きな支えにより、知識を十分に発揮する。このことが、本当の学力と言えるのではないか。その学力を支える一つの感じる力、つまり、美的情操を培うのが音楽である。
 音楽は、理論・理屈を抜きにして、まず自分自身が歌い、演奏して、楽しいものでありたい。また、クラシックやロック、その地域の民謡など聞く人、演奏する人が感動することが音楽の命であろう。
 ロックやジャズのリズムに乗って踊る黒人のあの陽気さ、それが黒人の血である。私たち沖縄の人々が唐船ドーイやアッチャメー小のリズムにのってカチャーシーを踊りだすのも沖縄人の血である。その民族の血が感動、感じる力を呼び起こすのである。
 私の教え子に四年生の時から三味線を始め、中学では、ソフトボールで二年連続日本一になった子が四人いる。その一人はキャプテンという重責も果たしている。この四人の男の子が今尚、大人の仲間と一緒に古典音楽の勉強を続けている。ソフトボールを通して身体を鍛え、仲間との友情を築き、三味線を通して心に豊かさを持ち、先輩方から人間の生き方を学んでいる。また、新聞配達少年でもある。いま、私の目前に調和のとれた豊かな心を持った子が四人もいる。今後もこの子ども達との心のふれ合いを大切にしていきたい。
 最後に、野村流古典音楽保存会二〇周年記念誌に東京芸大の小島美子氏は次のように述べられている。「私が音楽の専門の仕事をするために受けた音楽教育や、小学校以来の義務教育の音楽教育がどんなにインチキで誤っていたかということを、痛く思い知らされた。おそらく徹底して洋楽中心に行われた音楽教育が私たちがもともともっていたはずの歌をとってしまったのである。」と。
 一〇〇年も前の宮良長包先生の教育理念、そして、小島美子先生と…。現在の音楽の指導者は、どう考えるだろうか。西洋音楽一辺倒の音楽教育でいいのであろうか。
 我々の祖先は実に誇り高きものである。伝統音楽や伝統舞踊はもちろんのこと、織物・絵画・陶器等、数々の豊かな文化を築いてきたのである。四海をまたにかけ、外国の文化を摂取しながら「ニライ・カナイ」の信仰を培ってきた。このように偉大な祖先が残した遺産=文化を私たちは、二一世紀を担う子どもたちに継承していく責務を負っているのである。
 ニーチェも言っている「汝の立つ処を深く掘れ、そこに泉あり」と、如何にその地域の文化が大切であるかである。
 「慶良間見(みー)しが、まちげー見ーらん」にならないように、調和のとれた人間性豊かな児童生徒を育てていくために「地域に即した教育の推進を」学校現場の教師の一人として考えていきたい。