あの日あの頃の学び舎は
松林のテント小屋
土間に植え込みの机腰掛け
雨が降れば頭上に水溜をつくり
風が吹けばパタパタはたくテントの壁
あの日あの頃の合い言葉
復興だ村おこしだと
生徒も朝から鍬をふり
運動場整地農耕作業
食糧が乏しい時代で
雨が降ると翌日は増産休み
汗水流して頑張った
焼け野が原の運動場で
戦後初めての運動会
水缶を太鼓代わりにたたき
男生徒の吹く草笛楽隊
それに合わせて入退場
ああなつかしきあの日あの頃
初めて勤めた我が母校
時は昭和二七年
茅葺きやトタン葺きの学舎に
同僚一八人むつましく
人去り変わる学舎も
公的資金で整備され
教具教材もパソコン時代
変わらぬものは校庭に
緑をたたえ今もなお
幾多の災害もたえてきた
われらが母校の大ガジュマル
古き歴史をひもとけば
母校の齢一世紀
移りゆく世に変わりなく
われらの母校よ
子どもらよ
永久に栄えあれ……